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手をつなごう!福島と

百草園のサイトが携帯からも
ご覧になれます。

http://hyakusouen.jp/mobile.html
 

 熊本の百草園では、福島への小さな支援活動を始めました。事故前も、事故後も一貫して福島の原発の廃炉を求めて活動を続けている武藤類子さんとご縁ができ、野菜を届けることを通して少しでも現地を応援していくことができるのではないかと、この3ヶ月試しで野菜を送ってきました。最近では、子供を抱えて食べ物に対する不安を抱えながら生活する若い人など、武藤さんの周りで野菜を使いたいという方もでてきたそうです。

 武藤類子さんの「私達福島県民は,故郷を離れる者も、福島の地にとどまり生きる者も、苦悩と責任と希望を分かち合い、支え合って生きていこうと思っています。私達とつながってください。」との呼びかけを心に、規模は小さくても継続的にやっていけるものとして、百草園なりの「手をつなごう!福島と」プロジェクトをたちあげます。

 消費者の皆様と一緒につくっていきたいと思っています。ご賛同をよろしくお願いいたします。


 この寄附の呼びかけに29名の千草会の消費者が応じ、福島の武藤類子さんに野菜を送り始めるプロジェクトがスタートしました。

(1)2012年より、週に1回福島県田村市に住む武藤類子さんに野菜を送り続ける

武藤さんより
「子育て期で安心して食べられる野菜セットをほしい人は周りにも何人もいるので、分け合いながら使ってます。」 ※お手紙クリックで拡大します

 




 今日まで寄附を続けてくださっている消費者のお名前です。公表を承諾いただいた方のみ、感謝を込めて紹介いたします。

大塚恵理子様 若林麗子様 田淵恵子様 成毛よしき様
沼田睦子様 下田久美子様 福山和子様 風間須磨子様 
フランス料理レストラン・ビストロシェルコパン
マクロビオティックレストラン・プライベートロッジ

 


(5)2019年 福島原発刑事訴訟判決(9月19日)の前の9月7日(土)と8日(日)の2日間、ドキュメンタリ映画「福島は語る」(土井敏邦監督)を上映

「福島は語る」公式サイト http://doi-toshikuni.net/j/fukushima/

 実行委員会の形で熊本市の映画館「電気館」と共催でおこない、200名以上の人が映画を見てくれました。

 9月19日の福島原発刑事訴訟判決では無罪の不当判決がでましたが、実行委員会では、来年以降も「国際オーガニック映画祭inくまもと」として、3月11日前後に映画を上映し、福島を支援する活動を続けることなりました。

※開催予定だった「国際オーガニック映画祭inくまもと 2020」はコロナのため延期となりました。
https://organiceigasai.com

(4)2014年 武藤類子さんを招いて・報告会

 私たちが野菜を送り続けている武藤類子さんをお呼びしました。武藤さんは「福島原発告訴団」の団長をされています。

 東京地検は昨年9月、告訴に対して「不起訴」の決定を行いました。これを不服として告訴団は「検察審査会」への申し立てを行っています。

 当日は、田村郡三春町に住む生活者として見た福島の現実を話していただきました。


(3)2013年 3月31日から4月5日 福島の家族受け入れ保養プロジェクト

 福島と便りをやりとりするうちに、千草会の会員も子育て世代の若い人が多く、子供達を招きたいという声があがりました。特に、自然の中で放射能を気にかけることもなく子供達が思いっきり遊べる機会を作って、自然とふれあう喜びを体験してもらう。熊本と福島の子供達が友達になり、熊本の子供達が福島のことを考える時、「福島に友達がいるよ」と言えるような、福島の子ども達も「熊本に友達がいたね」と思えるような、そんなものを作れたらいいという思いです。武藤さんが熊本を訪れた時に、短期の保養プログラム計画について訪ねたところ、「保養は多くの緊張を抱えて生活している親に、とっても意義のあることだ」と聞き、親子で招くプランを計画することとしました。

【福島の家族受け入れ保養プロジェクトの報告と反省】(PDFファイル・クリックで閲覧できます)


(2)2012年 7月16日 独立型太陽光発電設置

 百草園の鶏舎の電気を、独立型太陽光発電でまかなうための設置工事をおこないました。元東電福島第一原発社員であった木村敏郎さんが設置指導にこられ、一緒に設置工事をおこないました。報道ステーションにも出演され、原発再稼働を、現場を知る人間として批判された方です。

 東日本大震災で、電気、水道、ガスが全てが止まったとき、中古で作った独立型太陽光を持ち運びできるようにして、被災地に設置して回ったNPOがあったそうです。とても大きな力を発揮したと聞いています。

 昔は水道が止まっても井戸や出水がどこかにあり、なんとかなったものでした。燃料も山に薪を拾いに行けば大丈夫なはずです。

 水やエネルギーが、全て買って手に入れるものになってしまっている現在の仕組みに対し、ちょっとだけですが、他の方法を試してみます。

 わずか400W。でも鶏舎に使う分には、余るほどの電気の量になるはずです。



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